|
携帯電話がえらく普及しておりますな。
ま、今更なにかいとるんじゃ!と思うかもしれませんが、本当にみんな持っている。
で、電車とかで、一人でず〜っと喋ってる人とかいますわな。
あんな姿を見ていると、本当に人は一人じゃなくなっているのね、と思うわけです。
どんな時も、誰かと繋がっている。どこにいても、どんな時間でも。
なんか、考えてみたら少し怖い気もします。
コミュニケーション、という言葉が最近多用されています。
あのDreamcastも、キャッチコピーに「コミュニケーション」という言葉を使っています。
ネットを通じて、たくさんの人間とお友達になろう!
で、いったいなんのマシーンなの?と、少し疑問にも思うんですが・・・・。
セガはまた中途半端なことして失敗するのかな・・・なんかそんな悪い予感も・・・。
ゲームボーイも子供達の間では、一種のコミュニケーションツールとして使われているようです。
あの「ポケモン」だって、いえばコミュニケーションツールなわけです。
「俺は何匹つかまえた」とか、「このポケンモん、交換してくれよ」なんて具合に。
ポケモンが子供達の間で莫大な人気を得た背景には、
実は子供たちのコミュニケーション不足があるからじゃないかと思う方もいるようです。
人とどう接したらいいのかわからない。
距離のとりかたがわからない。
そんな人が世の中に増えているのかもしれません。
純粋な人間と人間の対話ではなく、ある媒体を介してのコミュニケーション。
ネットが普及し始めた頃、革新的な情報伝達の早さが話題になるとともに、
ネットに逃げ込む人々の話題もまた尽きませんでした。
見知らぬ世界と繋がることで、自分がなんだか大きくなった気がする。
でもそれは、所詮コンピューターの中での世界なのです。
大切なことは、いつの世にも「自分の目で見て、感じること」なのです。
今日の話は、なにもネットを否定しているわけでもなければ、
ゲームボーイを買うな、と言ってるのでもありません。
僕が言いたいのは、それぞれの時代にあったコミュニケーションの
とり方があって当然だということなのです。
一世代前の人間には理解できないかもしれませんが。
ただ、忘れてはならないのは、そこから何を感じ、何を思い、何を考えるか、なのです。
ポケモンを通じてコミュニケーションを計った子供達が、そこからどんな遊びをうむのか。
ネットの外に出たときに、何を感じることができるのか。
コミュニケーションの道具が増えることで、よりいっそう考えなければならないことが増えるのです。
現実1月へ戻る
現実indexへ戻る
|