1999年3月8日「『温水夫妻』を観た


「温水」と書いて「ぬくみず」と呼ぶ。
パルコ劇場にてやっているお芝居だ。
ちなみに8日が初日。
僕はその初日に観に行ったのだ。
作・演出は、あの「三谷幸喜」氏。
出演は「唐沢さん、戸田さん、角野さん、梶原さん」の4人である。

ネタバレになるといけないので、あえてストーリーについては書かないが、なかなか面白かった。いやいや、なかなかなんて書くと失礼か。かなり面白かった。

三谷さんの作品を生で観たのは、実は初めてである。
これほどまでに、笑いの多いものか、と思った。

どこかに書いてあったとおり、それこそ3秒に1回ぐらいは誰かが笑っている(少し誇張)。

まずもってして、開演前のアナウンスから笑わせてくれる。三谷さんの、淡々としたアナウンス・・・しかし・・・内容は、とんでもないこと言ってる。
さすがだ。つかみはOK,という感じ。

劇中の笑いも、とてもストーリーに無理なく、自然に笑わせてくれる。きっと脚本が相当面白いのだろう。それだけに、役者の技量が問われるところだ。

僕は個人的に「唐沢さん」が大好きなのだが、他の3人もすごく良かった。
僕にしてはめずらしく、「ほとんど」寝なかった。(少し落ちた)
戸田さんの声は、もう最高。なんて素敵なんだ。やっぱあの人は舞台が素敵。

で、自分は役者なもんだから、楽しみながらも、ついつい役者の視点で観てしまう。
「サービス」についてだ。

これは、お茶を出す、とかそういうことではなく、単純に「お客を笑わせることについて」である。

僕は劇団では、たいてい「笑い担当」なのだが、僕がとってる「笑い」なんて、所詮ネタの羅列でしかない。物語に無理なく、というよりは、むしろ「物語からはずれたところから笑いを生む」という感じだろうか。その際、キャラクターとか設定とか、なんら意味をなくす。

例えば、一昨年の夏にやった「嵐になるまで待って」の教授である。
あれは、へたすれば多重人格である。キャラがひとつではない。
まあ、現代人の中には、確かに2重3重の人格を持つ人もいるだろうから、OKなのかもしれないが、やはり自分でも「それはないだろう」というところは、たくさんある。

昨年の春にやった「俺達は志士じゃない」なんか、もっとひどい。
あるシーンで、僕は一人芝居のようなものをするのだが(正確には2人)、あのシーンをみて僕を信じられなくなった人が、きっとたくさんいただろう。いや、喜んで観てくれる人もなかにはいただろう。しかしそれは、僕の「役」ではなく、僕自身を楽しんでいたにすぎない。これでは、芸人のコントである。いや、芸人のコントをもっと素晴らしい。僕なんか、まるで素人芸。
自分でもあのシーンはわりきっていた。楽しむことだけを考えた。
自分が目指していたキャラクターとは、どんどんかけ離れていった。そんな自己矛盾に悩まされたおぼえがある。

そんな方法でしか、僕は「笑い」をとれていない。まあ、僕に限った話ではないが。

今日の芝居を観ていて、「この芝居をうちの劇団でやったら、いったいどうなるんだろう」と考えた。
うちの劇団は、その性質上、外の脚本、外の演出家では芝居をする機会がない。
無論、僕もそうだ。キャラメルに入ってからは、1度しかよそでやっていない。

もし、みんなで違う演出家、違う作品をやったら、どうなるんだろう。
ものすごく興味深い。
まあ、それはかなわぬ夢か。

今は無理かもしれないが、劇団として大きくステップアップするには、そういうことも考えなきゃいけないかもしれませんな。よその劇団は、みんなそうだし。

色々考えて、楽しんで観る事ができなかったよ。やれやれ。

それにしても、「笑い」ってなんだろう。
色んな意見を聞きたいところですね。

おもしろそうなメールは掲載したいです。
掲載可なら、そう書いてね。


あ、そうそう。観終わって、ロビーにいると

「キャラメルってセリフが早いよね〜〜うんたらかんたら」

と、えんえんうちの劇団について話してるやつがいた。
むかつきながらも

「こいつ、実は俺がいること知ってわざと言ってるのか?」

と思った。
「THE 面接」の時も同じようなことを、隣の人が言ってたな。

なんなんだまったく・・・。


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