2000年7月27日「僕は名無しである

 

僕には名前がある。

「細見大輔」

これはもちろん、親が生まれた時につけてくれたものだ。
もし僕が、「細見大輔」でなくなったら、
「細見大輔」がなくなったら、
僕は僕をどう証明することができるのか。

僕自身の証しは、どこにあるのか

最近、とてつもなくすごい方々とご一緒する機会が増えた。
どれぐらいすごいかって、それはもう、ここには書けないぐらい
すごい方たちと、なぜか一緒にご飯を食べたりする。

そんな人たちに囲まれて、最初は楽しく色々な話を聞いていられるのだが、
だんだん無性にくやしくなってくる。

まだ26歳。でも、僕は26年間、いったい何を考え、
何を知り、何を悩んできたのだろう。

この26年間、僕は僕自身を恥じるような人生を送ってきたとは思わない。
僕なりに一生懸命もがき、あがいてきた。

でも、まだ見ぬ山の頂を見つけた時、
どうしようもないぐらいのあせりと、苛立ちが、
僕を締めつけはじめる。

「あなたは誰なの?」

そう聞かれているような、どうしようもない不安が広がる。

人はみな生きていく中で、自分の場所をみつけ、肩書きを身につけていく。
僕はどこにいるのか?
僕は、僕という存在は、いったいなんなのだ?

この1年、いや、これからもずっと、僕はもがき、苦しむのだろう。

「あなたは誰なの?」

その問いに答える事ができる日はくるのか。

 

ふと僕は、大きな広場にいた。
四方をビルに囲まれた、大きな広場だった。

ビル風が心地よい。
僕は空を見上げた。

空は、四方を囲むどのビルよりも高く、大きく僕の目の前に広がっていた。


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