|
「私がいいと思ったことをやってるの。私がそうしたいと思ったからやってるの。
考えてるよ。すごく考えてそうしたんだよ。それがいけないことなの?
それがだめなの?」
そんな子がいました。というか、いるんだが。
その子はとても素直な子で、自分の思ったとおりに行動する、
わりとトラブルメーカーだったりします。
つい最近、その子と喧嘩してしまいました。
しかも、すごい喧嘩。
「お前は自分の気持ちをぶつけてるだけだろ。
お前は他人の気持ちなんか考えてないんだろ。
お前は自分がかわいいだけなんだろ。
お前は自分がよければ良ければそれでいいんだろ。
もっと色々考えるよ。ガキじゃないんだから。」
すごい罵倒です。
そうです、僕はたまにこんなひどいことも平気で言ってしまう。
彼女は悪くないんです。
自分の気持ちに素直に従った。
自分の行動が正しいと思った。
だからそうしたんです。
でも、それが一番怖い。
どんなことでも、やっぱり色々考えなきゃだめなんです。
考えて考えて、もっと周りをよく見て、
そして、自分がどんなに正しいと思っても、
やっぱり他の人の意見も聞くべきなんです。
自分がよければそれでいい。
それじゃだめなんです。
僕たちは、決して一人じゃないんだから。
一人で生きてるわけじゃないんだから。
一人で生きてきたわけじゃないんだから。
どんなに自分が正しいと思っても、
どんなに自分が良かれと思っても、
それでも誰かが傷ついてしまうことだってあるんです。
考えて考えて、それでも誰かが傷つくことはある。
それは仕方がないのかもしれません。
だって僕たちは一人じゃないから。
この日記だってそうです。
僕のページの日記だから、
僕が書きたいように書きたい。
それはもちろん正論です。
でも、書きたいことを書くだけなら
別にここで書かなくたっていい。
誰も読まない日記帳にでも書けばいいんです。
でもここはそうじゃない。
僕の言葉を誰かに読んでほしい。
僕の気持ちを誰かにわかってもらいたい。
書き手と読み手がいてこそ、
はじめて成り立つ場所なんです。
誰かが読んでくれる。
そして、感想をメールに送ってくれる。
そのメールを読んで、僕はまた考える。
そして新しい言葉を生み出していく。
その繰り返しが素敵なんです。
それができる空間なんです。
僕の気持ちの垂れ流しの場所じゃないんです。
確かに、僕はこの日記を書くときに
そんないちいち誰かの顔を想定してるわけじゃありません。
でも、それでもやっぱり考えてます。
時々いたらないこともあるだろうけど。
昨年に引き続き、僕は再び「自分の言葉」を探してがんばります。
本当の言葉なんてないのかもしれない。
でも、それでも探していく価値があると思ったからこそ、
僕はここでもがんばれるんです。
ここに来る人たちには
どうか「自分の言葉」を探してほしいな、と思います。
それがどんな言葉であっても。
現実1月へ戻る
現実indexへ戻る
|